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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5262号 判決

原告 金谷政雄

被告 国

訴訟代理人 宮北登 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告は原告に対し、金九七六万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決及び被告敗訴の場合に担保をたてることを条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は昭和三〇年八月三〇日午後一一時半頃国鉄線大井町駅付近においてその運転していたタクシーから下車して菓子店に立ち寄ろうとしたところ、矢庭に在日米国大使館所属警備官ウイリヤム・フリン及び同ウイリヤム・フデスコの両名から顔面を強打される等の暴行をうけ、そのため原告の上唇に穴があき、上歯六本下歯四本が破損する重傷を被つた。

(二)  原告は右負傷のため次の損害をうけた。

1 治療費金二万四〇〇〇円

但、大井警察署前大村医院における治療費金四〇〇〇円及び赤坂二丁目の北川歯科医院における治療費金二万円。

2 得べかりし利益の喪失による損害金六二四万円

但、原告が本件負傷のため、タクシー運転手として稼働することができなくなつたことにより、昭和三〇年九月一日から二〇八ヵ月間(最終日は昭和四七年一二月末日が応当する。)に少くとも一か月金三万円の割合による運転手の報酬を得べかりしところ、これを失つたことによる損害金

3 慰籍料 金三五〇万円

原告が本件負傷によつてうけた肉体的苦痛は著るしく、前記の破損した上歯及び下歯は、抜歯して入れ歯を用いることとなり、また前記のとおり稼働することができなくなつたことから、原告一家(母、妻子あわせて七名)はその日の生活にも苦難を極めるに至つた等の事情のもとに、原告が被つた肉体的精神的苦痛に対する慰籍料

以上合計金九七六万四〇〇〇円

(三)  ウイリヤム・フリン及びウイリヤム・フエデスコ両警備官は治外法権の特権を享有するものであるから、その者の不法行為によつて生じた原告の損害は、被告においてこれを賠償すべきである。

(四)  よつて原告は被告に対し、右損害金九七六万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  原告の請求原因に対する答弁

(一)  原告の請求原因(一)の事実中、原告がその主張の日時場所において主張の者らから顔面を殴打され、上唇外傷等の傷害をうけたことは認める。

右暴行の場所は、詳しくは東京都品川区大井権現町三七一〇番地先路上であり、また右傷害は手挙によつて負わされ、全治までに一か月を要するものであつた。

(二)  同(二)の事実は不知

(三)  同(三)については、別紙のとおり

(四)  同(四)は争う

第三〈証拠省略〉

理由

原告がその主張のごとく、在日米国大使館所属の警備官らから不法に暴行をうけ、多大の損害を被り、また国(外務省)が原告のためにその賠償について同大使館に対し働きかけをなしたけれども、満足すべき結果はなんら得られなかつた等の事実については、本件証拠上これを窺うことができるところである。

しかしながら、【判示事項】原告主張のごとく、右警備官らが治外法権の特権を享有する者であつたとしても、その者のなした不法行為に対する責任を訴訟をもつて追求することは、その者の本国裁判所においてなすべきところであつて(かかる権利行使が実際には極わめて容易でないところであるけれども)、およそ日本国内において治外法権者がなした不法行為によつて生じた損害は、被告がその被害者に対して賠償をなすべき責任を負うとする法理はなく、また原告は右のほかには被告が右責任を負うべきであるとする理由についてなんら主張するところでないから、本訴請求は爾余の点の判断を尽すまでもなく、結局、主張自体理由がないものというほかはない。

よつて原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健嗣朗)

別紙

第一本件加害者の身分関係について

一 本件事故発生当時、ウイリアム・フエダスコ軍曹、ウイリアム・フリン伍長の両名は、在日米国大使館付マリン・ガードであつたが、同大使館マリン・ガードの身分関係は、その設置の経緯からして、駐留米軍とは一切関係がないものであり、また、日本国政府が右マリン・ガードに与えていた待遇は、外交団の一員として外交官に与えられるべき特権免除を享有しない大使館職員に与えられるものとひとしいものであつた(<証拠略>参照)。

二 ところで本件事故発生の昭和三〇年当時、大使館職員に与えられていた特権免除の内容、範囲は必ずしも明確ではなく、慣行も定まつていなかつたが、昭和三二年における在本邦アメリカ大使館職員に対する東京地方裁判所民事第一〇部からの呼出状に関する件では、外務省の文書において、同職員はわが国の裁判管轄からの免除を受くべき者であるとされている(〈証拠略〉参照)。

第二本件事故に関し外務省のとつた措置について

一 外務省は、昭和三〇年一〇月一二日在日米国大使館に対し、本件傷害事件(経緯は〈証拠略〉参照)は、本来私人間の不法行為事件ではあるが、加害者が大使館職員であることにかんがみ、大使館として、当事者間で話合いを行なうべく、あつせんするよう要請した(昭和三〇年一〇月一〇日付外務省発在京米国大使館あて覚書、すなわち〈証拠略〉参照)。

二 その結果、昭和三一年三月一三日に至り、在日米国大使館は、外務省に対し、加害者とされている守衛の一人はすでに本国に帰国しており、米国大使館の手を離れているので、大使館としてはあつせんする立場にはなく、両者間で直接話合いをして解決を図られることを希望する旨、口頭で回答をして来たので、外務省は、早速原告にこの旨を伝えた。その際、原告は甚しく落胆せる様子にて、なんとか見舞金なりとも、とる方法はないものかと訴えるところがあつた。

三 原告は、昭和三一年三月二六日に外務省を来訪し、その後家族とも協議の上検討した結果であるとして

(一) これ以上どうつついても解決の見込みなきこと

(二) 自分の方としては十分主張することだけは申上げてあるし、米国側としてもその点は理解していると信ずること

(三) 子息(来年卒業し、いずれ英語で身を立てることになろう。)の将来からも、米国大使館に悪印象を残したくないこと

(四) 新しいタクシー会社に入つたから、二か月すれば健康保険で入歯はできること

等の趣旨を述べ、結局本件は一応あきらめることとし、本件に関し外務省には大層御尽力をいただき感謝するとの態度を示したものである。

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